こう云って、声を揃えて笑ったのは、何れも老人で、二人とも今年は算え歳の六十三である。この“久しぶり”という間投詞のような挨拶は、今しがた、二人が会ってから、もう二、三度繰返されていた。午食には既に遅く、夕飯には未だ早い半端な時刻に、二老人は都心に近い賑やかな街の小料理屋で盃を重ねている。
「先刻、電車の中で、どうして俺だってことが判ったんだい? こっちはまるで気がつかなかったんだが、向い合って腰をかけているお爺さんから、いきなりYちゃんじゃないか? と言われた時に、初めて俺は五十年前の記憶が一時に甦って来たので、Nちゃんだったね、と言ったら、君が、やっぱりそうだったか、と言ったね。」
「俺は俺で、腰を下して向い合った時から、Yちゃんだな、とは思ったんだが、腮の左側に見覚えの黒子が無いので、或は間違いではないかとも考えたが、結局思い切って訊いてみたのだ。」
「黒子は顔を剃る時に邪魔になるので、もう疾うの昔、薬で焼いてしまったよ。ところで、Nちゃん、君と判ってから、直ぐに思い出したことがあるんだが。覚えていないかな。俺たちが高等二年の時だった。その頃、尋常二年か三年に、飯田の雪ちゃんという可愛いお嬢ちゃんがいたのを忘れたかい?」
「覚えているとも、雨の日のことだろう。あれは忘れられないよ。」
「そうか、そいつは驚いたね。」

 今年の夏も、午食後には、一時間か二時間、ひるねをすることに決めていたが、時々ひるねの前にオルランドルフ版の『モーパッサン全集』の一冊を書架から取り出して来て、一二篇ずつ読んだ。その中でも『トワーヌ』という田園コントが、天来の滑稽味があって、堪らなく可笑しかった。この話は河出書房の傑作集の中にも訳されているが、その筋は、楽天家で饒舌で酒好きの亭主が中風で寝釈迦になってしまう。口やかましくて、働き者の古女房が、亭主をただ寝かして置くのも無駄だと思って、試しに、鶏の卵を病夫に抱かせると、数日の後にそれが見事に孵って布団の中から雛が幾羽も飛び出したというのである。
 僕はこのコントを読んで心からアッハハアと笑った。今思い出しても、やっぱり可笑しい。
 これと行き方は違うが日本の狂言に『鬼瓦』というのがある。都に出た田舎びとが京の六角堂の鬼瓦をしげしげと眺めて、図らずも国もとに措いて来た女房を思い出し、落涙するという筋である。これは又これで、如何にも沁々とした可笑味が自ら流れ出す洵によいものである。恐らく、狂言中の傑作の一つであろう。

 山田も僕も遽かにその時計が欲しくなった。然し店にはあいにく一つしか無かった。山田は暫し思案していたが漸く肚を決めて、貴様の方が年長だから譲ろうと云い出した。そうなると僕も買う気がなくなって「俺も諦める」と云った。店員の話に依ると、ハムレット時計は元々売るつもりで製作したのではなく、さる好事家から頼まれて、気まぐれに数個作って見たのが偶々一つだけ店に残ったのであった。チューリッヒの支店には或はもう一つ残っているかも知れぬという。山田は急に元気づいて、ではチューリッヒに長距離電話で問合せて呉れ、と頼んだ。店員は快諾して直ちに問合せると、確に未だ一つ残っていることが判った。それなら何日頃に日本人が買いに行くから、それまで蔵っておいて呉れと重ねて念を押した。僕も安心してハムレットを買い取った。
 それから数日の後、僕等は約束通り、旅のついでにチューリッヒを訪れ、支店に立寄って、山田も芽出度く最後のハムレットを手に入れたのである。